紙をめぐる話|紙について話そう。 No.31
色部義昭・田根 剛
グラフィックデザイナー ・ 建築家
およそ1万キロの距離を越えて。
PAPER’S史上、初のオンライン対談です。
建築は本のようであり、
本は建築のようであり。
読み進めていくうちにそれぞれの境目が
溶けていくようなお話になりました。
2020.12.17
初出:PAPER'S No.63 2021 春号
※内容は初出時のまま掲載しています
およそ1万キロの距離を越えて。
PAPER’S史上、初のオンライン対談です。
建築は本のようであり、
本は建築のようであり。
読み進めていくうちにそれぞれの境目が
溶けていくようなお話になりました。
2020.12.17
初出:PAPER'S No.63 2021 春号
※内容は初出時のまま掲載しています
田根
色部さんのお仕事には編集力がありますよね。視覚情報をただきれいに並べるのではなくて、対象の背景に潜んでいる意味を深掘りし、そこから見出した視点でビジュアルを構築している。『本 ― TAKEO PAPER SHOW 2011』は特に刺激を受けた作品のひとつです。パリの事務所のスタッフも、書いてある言葉がわからないのにおもしろいと言っていました。表現に深度と普遍性があるんだと思います。
色部
すごくうれしいです。この仕事は、本のストラクチャーを利用して本の歴史を解くとどうなるか、という仮説から検証を積み上げて、だんだんと様式になっていった印象があります。最初から完成形を見据えていたわけではなくて、少しずつ情報を拾い集めていくうちに自然と三分冊という体を成していったんです。途中はどうなるのか不安もありましたが、最終的に「本の魅力とは、綴じてしまえば本になること」だと気づいたんですね。本には、雑食とも呼べるような何でも食べて栄養にしてしまう強さがある。そして一度綴じれば、ページとページの間に勝手に順番ができて、ストーリーが生成されていく。そういう、本が元々持っている強度みたいなものを逆利用して、きれいにまとめるのではなく、本来ならまとまらないものを綴じてしまえるという部分におもしろさがあると考えました。それって建築にも通じるところがあるような気がします。
田根
確かにそうですね。建築も外側さえあれば建築になるというか。家は特にそうで、中で何をしていようと人が暮らしていれば家になる。人間の生活って雑多だったり脈絡がなかったりしますが、そういう混沌を包み込むという意味で、本と建築は近いのかもしれませんね。
建築家の様式よりも、建築の様式を。
田根
グラフィックデザイナーにとっての紙は、きっと僕らにとっての建築素材のようなもので、アウトプットに直結しますよね。相当に厳しく選んでいると思いますが、なにか基準はあるんですか?
色部
価格の高い安いや好き嫌いではなくて、それぞれのプロジェクトに最適かどうかという目で選んでいます。印刷するかどうかも大きな要素で、どれだけ紙質が優れていても印刷される画像とのマッチングが悪ければその紙は良い紙とはいえません。グラフィックデザイナーが扱う素材には大きく二つあって、そのひとつが紙なんですね。竹尾の見本帖を見るとわかりやすいですが、膨大な種類があって、すべて特徴が違います。もうひとつは書体。これも無数にあって、それぞれに由来が異なります。デザイナーによっては使い慣れたものを選ぶ方もいますが、僕は紙も書体もプロジェクトごとに毎回違うものを選んでいて、探す行為自体を楽しんでいる感覚がありますね。田根さんはどうですか?
田根
やっぱりプロジェクトごとにオリジナルで考えていますね。建築にとっての素材にもマテリアルとテクスチャーの二つがあって、僕は素材そのものよりも質感を大事にしています。印刷の話にも通じますが、質感は素材だけでは出しきれないので、職人の方々や工場での作業プロセスまで見通した上で仕上がりを想定しています。質感の強いものには情報がたくさん含まれていると思うので、空間の情報を豊かにするという意味で、表現としてこだわっている部分です。一方で、いちばん力を入れているのは、プロジェクト自体をオリジナルにすること。建築って場所と一体となっている存在ですから、エストニアならエストニアの、弘前なら弘前の歴史の上に建築を建てたいと考えています。それは建築家の様式を押し付けるのではなくて、建築自体に様式を持たせるということです。
色部
様式はつくりながら見えてくるんですか?
田根
そうですね。考古学的なアプローチで土地の歴史を掘り下げていくうちに、もしかしたらこうかも、という気配のようなものが徐々に現れてきます。わけがわからなくてもひたすら情報を集めることも、知らないことを知ることも、すごく楽しい。リサーチこそ僕らの最もクリエイティブな側面かもしれません。
色部
わかる気がします。僕には力技で社会をねじ伏せるデザインの腕力のようなものがないので、テーマが内包している魅力みたいなものを、様々な素材を使いながら最大化していくことによろこびを感じているようなところがあります。ものの背景に耳を澄ましながらつくっていくと思わぬ創造性が立ち上がることがあって、そういう偶然性にもおもしろみを感じています。
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目が合ってしまう本と建築。
田根
紙を選ぶ際に、時間の経過を意識することもあるのでしょうか。僕は古書が好きなのでよく古本屋に行くのですが、時間が経つことで魅力が増す本もありますよね。
色部
たとえばパッケージであれば商品を常に新鮮な状態に見せることも重要な役割なので、なるべく劣化しないものを選ぶことが多いですね。本についていえば、日本にはカバーを付ける文化があるので長持ちはしますが、どんな紙を選んでも質感が消えることになる。PPで表面に膜を張ることは質感を殺すことでもありますから。版元の願いもあるのでつくりますが、自分で買った本はカバーや帯を剥がしてしまいますね。
田根
佇まいの良さってありますよね。建築もそうですが、眺めのいい本は、中身もいい本であることが多い。そういうものは時代にあまり左右されず、長く残ってほしいと思わせる力がある。
色部
手に持ったときの感じも関係しているかもしれません。『本 ― TAKEO PAPER SHOW 2011』では、展覧会の来場者に本の中身を見てもらうために、ページをめくる様子を連続シャッターで撮影した映像もつくったのですが、おもしろい発見があったんです。それは、本の内容よりも、本をめくるという行為の気持ちよさ、本と身体との心地良い関係性が強く浮かび上がってきたことでした。いい本にはいいサイズがあって、人間の手の大きさが変わらない限りは、その関係性は変わらないわけですし、建築においても、人間の平均身長が急に3メートルになったりしない限りは、いい建築は時代を超えていい建築であり続けるのではないでしょうか。
田根
僕らは対象と身体との関係性を無意識に感じ取っているのかもしれませんね。無数に本が並んでいる中でもいい本はすぐに見つかったり、建物が密集していてもいい建築だとわかったりする感覚も、そこに根ざしているのかも。
色部
思わず目が合っちゃう感じですよね。
田根
そうそう。それから、残るという使命があることも大きい気がします。残ることを意識して丁寧につくられ本や建築は独特の緊張感を帯びている。そういったものだけが消費を乗り越えて長く存在し続けるのではないでしょうか。
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野生化していく紙。
色部
紙の選び方って、時代にも大きく左右されるんです。まだパソコンの画像が荒かった頃には写真の再現性が高い紙が重宝される傾向がありましたが、技術が進んでディスプレイの解像度がどんどん上がっていくにつれて、手触りが豊かだったり、裏透けがするような、素材感が強い紙が好まれるようになってきました。紙はとにかくきれいに精密にという流れが、まったく反対の方角に向かい出したんです。僕自身、白い紙を使う場合、白ければ白いほど再現域は広がるわけですが、せっかくなら真っ白ではない方がいいという感覚が芽生え始めています。
田根
確かにここ10年くらいで、グロッシーな紙で写真を美しく見せるという感覚がなくなってきていますね。
色部
それは特に悪いわけではなくて、紙は紙、ディスプレイはディスプレイの適正に応じた配分が明確になってきたということなのだと思います。そういう意味では、いまグラフィックデザインをやるのって楽しいんですよね。映像もできるし、紙もできるし。
田根
世の中の人々の意識もどんどん変わっていると思いますが、グラフィックの世界ではさらに敏感に変化しているんでしょうね。紙に関していえば、どんどんオリジナルの質が求められるようになっていて、素材としての根源の部分に注目が集まり出しているのではないでしょうか。そもそも言葉では「紙」と一言でいいますが、実際には紙っていくつもの自然物の混合体ですよね。僕が建築素材としてよく使っている土も様々な成分が混ざってできていて、固めてみたり、焼いてレンガにしてみたりして色々な素材感を引き出していますが、これからは紙も素材感を強く活かすような使われ方が増えていくのかもしれません。
色部
田根さんは素材使いが本当に独特ですよね。類型化した使い方をしている建築家も多いなかで、フロアを大量の土で覆い尽くした表参道のレストラン「GYRE.FOOD」のように、ワイルドな素材感をあえて残すような手法を取り入れているのがとても印象的で。そういうアイデアの引き出しがどこからきているのかいつも気になっています。
ミリでも言えないようなこだわり。
田根
ヨーロッパにいると、日本の紙の種類の豊富さにとても驚かされます。途轍もない数ですよね。こっちでは種類が少ないので仕方なしに選ぶこともあるのですが、日本では逆に迷ってしまうことはないのでしょうか。
色部
今でも迷いますし、デザイナーになった頃は途方に暮れていましたね。山ほどある中から一体どうやって選んだらいいのかと。いくつかの紙の特性を知っていくと自分の中で分類ができてくるので、ある瞬間から選べるようになるのですが、慣れるまでは一日中紙を見ているような時期もありました。こちらのイメージに細部までフィットさせることができたり、可能性を細やかに膨らませたりすることができるのは良いところなのですが。
田根
多いからといってこだわりがないかというと、それぞれにこだわりがあるからすごいですよね。たとえば建築の場合、アメリカでの仕事の場合は1インチとか3クォーターのように寸法の規格が決まっているので方向を決めやすいのですが、日本やヨーロッパではミリ単位で決める必要があるので、図面を考えるときにすごく迷うんですね。特に日本は歴史的に木で建築をつくってきたので、カンナで削ればもう少し薄くできるかもとか、もうちょっとシュッとした感じになるよねとか、ミリでも言えないような範囲で考えていく。微妙な違いをすごくこだわっていますよね。
色部
たしかにカンナで削るという階調は、日本ならではかもしれませんね。
田根
竹尾の見本帖を見ると、質感や色だけでも膨大な種類があるのに、グラムまで微妙な違いがありますよね。紙にここまでこだわり尽くす国って、世界でも類を見ないのではないでしょうか。
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色部義昭
グラフィックデザイナー
いろべ・よしあき。1974年千葉県生まれ。東京藝術大学大学院修士課程修了。日本デザインセンター取締役。同社内にて色部デザイン研究所を主宰。グラフィックデザインをベースに、平面から立体、空間、映像まで幅広くデザインを展開。近年の主な仕事にOsaka Metroや国立公園、市原湖畔美術館のブランディング、天理駅前広場CoFuFunのサイン計画、Liquitexやnaturaglacéのパッケージデザインなどがある。グッドデザイン賞、SDA、JAGDA、東京ADC、D&AD、One Show Designなど国内外のデザイン賞を受賞。AGI(国際グラフィック連盟)、東京ADC、JAGDA会員。東京藝術大学非常勤講師。
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田根 剛
建築家
たね・つよし。1979年東京生まれ。Atelier Tsuyoshi Tane Architectsを設立、フランス・パリを拠点に活動。場所の記憶から建築をつくる「Archaeology of the Future」をコンセプトに、現在ヨーロッパと日本を中心に世界各地で多数のプロジェクトが進行中。主な作品に『エストニア国立博物館』(2016)、『新国立競技場・古墳スタジアム(案)』(2012)、『とらやパリ店』(2015)、『Todoroki House in Valley』(2018)、『弘前れんが倉庫美術館』(2020)など多数。フランス文化庁新進建築家賞、ミース・ファン・ デル・ローエ欧州賞2017ノミネート、第67回芸術選奨文部科学大臣新人賞、アーキテクト・オブ・ザ・イヤー2019など多数受賞 。著書に『未来の記憶|Archaeology of the Future』(TOTO出版)など。

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