紙をめぐる話|紙について話そう。 No.39
中村至男・中村勇吾
グラフィックデザイナー ・ インターフェースデザイナー
デジタルメディアの黎明期から、
表現の可能性を柔軟に広げてきた
おふたりの対談です。
興味や関心に素直に身を委ね、
追求を続けてこられたその姿勢を手がかりに、
紙という素材の魅力を改めて見つめ直します。
表現の可能性を柔軟に広げてきた
おふたりの対談です。
興味や関心に素直に身を委ね、
追求を続けてこられたその姿勢を手がかりに、
紙という素材の魅力を改めて見つめ直します。
2026.08.26
初出:PAPER'S No.70 2026 夏号
デジタルメディアの黎明期から、
表現の可能性を柔軟に広げてきた
おふたりの対談です。
興味や関心に素直に身を委ね、
追求を続けてこられたその姿勢を手がかりに、
紙という素材の魅力を改めて見つめ直します。
表現の可能性を柔軟に広げてきた
おふたりの対談です。
興味や関心に素直に身を委ね、
追求を続けてこられたその姿勢を手がかりに、
紙という素材の魅力を改めて見つめ直します。
2026.08.26
初出:PAPER'S No.70 2026 夏号
- 至男
- 勇吾さんと初めてお会いしたのはTDCのウェブ部門審査でしたよね。
- 勇吾
- そうですね。ちょうどジョン・マエダさんたちがパイオニアとして活躍されていた時代に、TDCもインタラクティブやウェブに力を入れようということで、当時デジタルメディアが好きだった人たちが審査員として呼ばれていたと思います。
- 至男
- 確かに。「好きだった」という表現が正しいね。
- 勇吾
- 僕はずっと自分のホームページをつくっていたのですが、至男さんは立方体のあるところをキュッてつついたらキュッって出てくるClick Art「10」というウェブを制作されていましたよね。
- 至男
- 覚えていてくれて嬉しい。佐藤雅彦さんとのPlayStation「IQ」やi-mode「うごくID 」なども作っていた頃ですね。
- 勇吾
- 海外のインタラクティブやメガデモカルチャーを紹介していた『デザインプレックス』という雑誌で至男さんのことを知ったんです。僕にとってはヒーローみたいな感じで、普通にファンでした(笑)。
- 至男
- ちょうど独立したばかり、あの頃なんでもできる気がしていて、謎の自信でやったことないメディアも平気で受けていましたねぇ(笑)。勇吾さんは初めてお会いした時から、僕の作品に対して「あれを見た!」「これを見た!」って感想を伝えてくれて。90年代後半にデザイナー系とは違うところからやってきた自分にはない視点を持つ人とお話できたことで、知恵の範囲が柔らかく広がった気がします。
違う角度から栄養をもらう。
- 勇吾
- 僕はデザインからデジタルに興味を持ったわけではなく、もともとコンピューターが好きだったんです。小学生の頃にパソコンなるものが登場して、キーボードを押したら現れる緑の文字に感動しました。それがデザインを好きになったきっかけです。
- 至男
- 攻殻やマトリックスになったあの緑文字ね!
- 勇吾
- はい。でも直接影響を受けたのは冒頭でもお話ししたジョン・マエダさんなんです。「12 o'clocks」シリーズの展示を見たことが最初の入り口でした。デジタルメディアには関心があったものの、デザインの概念はまだあまり知らなかったので、作品を手に取りながら「なんじゃこれ!」と衝撃を受けたことをよく覚えています。
- 至男
- あれすごかったですね。僕もその頃MITに行って、マエダさんとお会いしたことがあります。図々しくもご自宅に泊めていただいて、夜アーロンチェアに座って作業する前田さんからちょうど作られていた紙の会社のカタログを見せてもらいました。とんでもない細い線が弾けるように印刷されていてすごく綺麗でした。違う作り方や角度を見せていただいて、たくさんの栄養をもらった気がします。
- 勇吾
- それは羨望の眼差しですよ。プログラムを動かす時は必ずと言って良いほどジョン・マエダさんを参考にしていたくらい憧れの存在でしたから。でもどちらかというと、彼の作品の中では紙を使用したプリントの作品の方が個人的に好きだったんですよね。同じようなことをやってみようとしたのですが「これを超えられるものはもう何もできない」と諦めて、ウェブやインターネットのつながりの中でつくる方向に舵を切りました。その時に僕の中では紙を禁止にしたんです。
- 至男
- なんと禁止(笑)。僕は大学でグラフィックデザインを専攻していたので、逆に紙という素材を扱う前提で4 年間過ごしました。ですがCGの授業で制作した課題だけが唯一みんなから褒められて、まだMac 以前の時代なので、嬉しかったけど不安にもなりました。
- 勇吾
- それでいうと僕はプリンターに夢中の時期がありました。MacDrawというベクター系のソフトを使っていたのですが、画面では72dpiで線がギザギザに見えるのに、300dpi のプリンターで出力すると同じ線がなめらかに出るんです。その差が面白くて、線の太さをいろいろ変えてはプリントして、実験を楽しんでいました。
- 至男
- 画面ではドットでできた絵のように見えていても、本当は線の位置や太さを持ったデータなんですよね。
- 勇吾
- そうです。Illustratorとかで拡大して見たりすると、最初はこの線がピクセルっぽく見えていたのに、大きくしても線のまま変わらないんです。むしろ拡大したほうがプリントした時の見え方に近いというか。そういう感覚ですね。至男さんも線に対して同じようなことを感じた経験はありませんか?
- 至男
- あります。キャリアの初期にベクターの線と出会えて本当に運が良かったです。ベジェの張りがすごく好きで。インクの質感を持って手で描くっていうこととは違う重力がありますよね。あの頃は線に対して敏感に反応する時代でした。
AIの反対語は。
- 勇吾
- ふたりとも今、多摩美で教えていますが、最近の学生って結構紙が好きそうなんですよね。
- 至男
- 分かります。みんなすごく好き。
- 勇吾
- 紙を自分で漉いたりもするし、紙っていう素材そのものを追求する人が結構多くて、とても興味深いです。
- 至男
- リソグラフも人気ですよね。どうしてなんだろう。
- 勇吾
- かつては珍しかったテクノロジーも今では世の中に浸透して審美対象になったからだと思います。森の中を四角く暴力的に整地しているという条件は同じなのに、田んぼは良いものでソーラーパネルは嫌なものみたいな。昔の紙や本に魅力を感じる理由も同じで、新しいテクノロジーを乗りこなせてくると、今まで感じ取れなかった価値に気がついて鑑賞する対象に変わるのかもしれません。昔の人にとっては紙もハイテクノロジーなものだったと思うので、風合いの良さみたいなところはまだ感じられていなかったのではないでしょうか。
- 至男
- スマホネイティブというか、生まれた時から液晶画面を触っていた世代だから、物質的なものに惹かれるのかな。
- 勇吾
- そうですよね。スマホネイティブ目線で言うと、一周回って素材にインク分子を吹きつけたような定着方法を面白いと感じる視点もあるのかもしれません。
- 至男
- だからみんなZINEを作ったり、アートブックフェアが盛り上がったりしているんですかね。
- 勇吾
- そうかもしれないですよね。特にプログラミングやインタラクティブのようなデジタル的な表現は、最近美大の中で人気が落ちてきている気がします。これからさらにAI 時代が進んで、ハンドプログラミングが懐古的に感じられるくらいになるまでは、紙のようなフィジカルなメディアに関心が集まると思います。
- 至男
- AIに関しては僕もまさに向かい合っている最中です。便利になるなあと、普通に受けとめてはいますが。
- 勇吾
- 技術の発展と自分の好きなことの巡り合わせってあるじゃないですか。デジタルメディアが出始めた頃に僕や至男さんが感化されたように、AI の進化と感性が合う人が世界のどこかにいるはずです。ただ、まだ誰も知らないような方法でAIを活用している人を見たことはないですけどね。
- 至男
- きっとこれから革新的な使い方をする人が出てくるんだろうね。
- 勇吾
- そうですね。昔Photoshopが登場した時も、色使いやエフェクトを特集したデザイン雑誌ばかりでしたが、気がつけば普通の道具として馴染んでいましたよね。使いこなすまでの時間が重要です。
- 至男
- それにしてもAIと紙って遠いですね。
- 勇吾
- 相反していますね。AIの反対語は紙なのかもしれません。
握れる、ちぎれる、かじれる魅力。
- 至男
- 僕は大学卒業後、音楽会社に就職したのですが、実は手先はぶきっちょでして頭でイメージしていることと実際に手で表現できることの差に苦しんで、かなり絶望的な気持ちになったりしていました。2、3年経ったらMacが出てきて、やっと自分の内側と外側が一致したような感じがしましたね。自分の思い描いた原稿をちゃんと紙面に再現できるようになって。
- 勇吾
- どんな部分が変わりましたか?
- 至男
- 新入社員の時に応募していた毎日広告デザイン賞で、原稿用紙がくるって回る広告をつくった時、その「くるっ」の部分がなかなか手で描けなくて。でもイラレを使ったら思い通りに描ける。そんなことでも自分の中では衝撃的な変化でした。今の学生たちが聞いたら当たり前のことだと思うんですけどね。一方、仕事ではCD店の棚につけるポップなどをデザインしていて、現場である店頭でどうしたら目立つか、感じが出るか、など奮闘してました。今はその物理的なコミュニケーションの良さを改めて感じたりもしています。紙も安くて丈夫で発色のいいものを!という選び方でした。
- 勇吾
- そんな細かい仕事もされていたんですね。
- 至男
- 新人はそういう仕事ばっかりで。でも楽しかったです。本当に。
- 勇吾
- 至男さんの作品って、形と線幅のバランスが気持ち良いですよね。
- 至男
- お気に入りのポイント数とかはありましたよ。当時、出力屋さんで印画紙みたいな紙に白黒で出力するサービスがあったのですが、鋭利な部分も目がチクチクするほど綺麗に再現してくれるので、「これはいいぞ!」と気持ちが高まりましたね。勇吾さんの作品も線が印象的です。2024年のTDCのポスターも細い線で表現されていましたよね。
- 勇吾
- はい。でもインクの乗りや紙の組み合わせについてもっと知っておくべきでした。風合いのある紙の方が良さそうな気がしていたのですが、細い線がぼやけてしまい、もっとツルッとした紙を選べば良かったと後悔しています。入社2、3年目でやるような失敗を今さらしてしまった。紙を扱う経験が少ないとやっぱり判断するのが難しいですよね。
- 至男
- そうですよね。僕は絵本を描き始めてから新たに紙との見識を得られるようになりました。園で読み聞かせをしながら子どもたちの反応を見ると、やっぱり紙媒体はコミュニケーションツールとして優れていると思います。持った瞬間から直接アクセスしているような感覚があり、身体的なメディアとして伝達が強いと感じました。また、本来なら色や紙質にもこだわりたいところですが、海外出版になったとき向こうの印刷所にお任せすると色や製本などなかなか希望通りにはいかないんですよね。でも絵本としてのコミュニケーションが成立してればもう硬いことを言わなくても色が転んでも、どんな紙でも平気というか、良い意味でタフな向き合い方ができています。特に乳児向けの絵本だと、微妙な調整よりもっと手前のかなり大きなコミュニケーションが重要になるんですよ。ハッキリした色とか、握れるとか、ちぎれるとか、かじったりもしますから、自分が思ってもいなかったような向き合い方でいま紙と対峙しています。
ディスプレイと紙の間で。
- 勇吾
- デジタルメディアにおいて定着はあってないような気がします。結局変えることができるから、これがジャストみたいなものはない。紙って反射する光によって見え方にブレが生じるじゃないですか。例えば色校正だったら見識を備えたアートディレクターしか触っちゃいけない領域みたいな。僕も10年に1回ぐらいポスターをつくるんですけど、色校って言われた瞬間に高いハードルを感じて緊張してしまいます。誰か代わりにやってほしいくらい(笑)。
- 至男
- 刷ったらおしまいという恐怖を感じますね。もう絶対に手を出せないっていうような。「あそこもうちょっと太くしとけばよかったな」とか、そういう後悔がいつ見てもあります。過ちの痕跡がずっと残ってしまう感じ。
- 勇吾
- そういう不安を解決する中間構みたいなものってないですよね。放っておいたらずっと永久に固定してくれるけど、ギューって焼き付けたら上書きできるみたいな。
- 至男
- 確かに。後出しで直せる紙があったら良いよね。あとでちょっと描き足せるとか。
- 勇吾
- モニターほど流動的ではないけど固定しすぎもしない、ある程度アップデートできる紙が あったら便利ですね。
- 至男
- 本当に(笑)。
- 勇吾
- そういえば締め切りに対する感覚も業界によって少し異なりますよね。書籍の編集をする人とは違って、ウェブを制作する人たちは最悪公開してからも間違っている箇所を修正して更新できるので。公開という言葉の捉え方に相違があると思います。
- 至男
- わかります。後で直せることの良さを実感します。webこっそり直したりしました。
- 勇吾
- でも僕らはいつでも直せる分、仕事の切れ目が悪いです。納品してからもちょこちょこ変更したりしているので、ずっと終わらない感じがします。なかなか手離れしません。
- 至男
- 常に何かを抱えているという感覚ですかね。
- 勇吾
- そうですね。ちょっと話が脱線してしまいますけど、今、仕事で紙のような反射特性のある新しい概念のディスプレイのようなもの?をつくろうとしていて、初めて紙と真剣に向き合えている実感があるんです。紙は見る角度や光のあたり方によって印象が大きく異なるので、タブレット上で正確に質感を再現するためには、紙の反射特性をきちんと理解する必要があります。モニターの中でいろんなシミュレーションをしながら研究を重ねているのですが、もしかすると物体にインク分子を焼き付けるというフィジカルなアプローチは、一周回って効率的かもしれないとも思い始めました。何もスイッチをつけなくても、ずっと表示されるので。
中村至男
グラフィックデザイナー
日本大学芸術学部卒業、Sony Music Entertainmentを経て独立。
仕事に、21_21 DESIGN SIGHT「単位展」、明和電機のグラフィックデザイン、PlayStation『I.Q』など。著書に『どっとこどうぶつえん』(福音館書店)、『ぷっくりぽっこり』(偕成社)、『勝手に広告』(佐藤雅彦と共著・マガジンハウス)、『明和電機の広告デザイン』(土佐信道と共著・NTT出版)など。個展に『中村至男展』Creation Gallery G8、『中村至男自選展』台北松山文創園區、『中村至男オングラフィック』ggg など。
中村勇吾
インターフェースデザイナー
1970 年奈良県生まれ。東京大学大学院工学系研究科修了。多摩美術大学教授。1998 年よりウェブデザイン、インターフェースデザインの分野に携わる。2004 年にデザインスタジオ「tha ltd.」を設立。以後、数多くのウェブサイトや映像のアートディレクション/デザイン/プログラミングの分野で横断/縦断的に活動を続けている。