紙をめぐる話|紙について話そう。 No.6
工藤青石・ 服部一成
デザイナー、クリエイティブディレクター ・ アートディレクター
- 服部
- マーメイド、サーブル、パミスって紙は、つくられてから50年くらい経つのかなあ、今でも根強く使われているけど、逆に定番過ぎるのか、若いデザイナーはあまり指名しないみたいだね。そういう人たちに、この紙の良さを知ってもらいたいというところから見本帳の制作が始まりました……どうですか?
- 工藤
- どうですか、って(笑)。ヨーロッパの古い書籍のような雰囲気の見本帳だね。昔の、いい装丁の本みたいな……そういうところは、何か意識したの?
- 服部
- まず、この見本帳がどういうふうに使われるのかなあと考えた。色が優しいとか、手に馴染む感じとか、ちょっと文学的なところがある紙だと思うんだよね。それが新鮮に見えるようになればいいなと思ってつくったんだけど……青石にはそう見えなかったか……(笑)。
- 工藤
- いや、そういうわけじゃなくて、いい意味でこれは紙見本帳には見えないと思うんだよね。今、書店に多く並ぶような書籍とは違う、なんとなくヨーロッパ風な感じがする。もちろんスタイルの話じゃなくて、雰囲気が。クラシックという言い方は、少し遠回りかもしれないけど、服部が意図したものは通じてるってことなのかもしれないよ。
記憶の中にしまう見本帳。
- 服部
- 普段いきなり見本帳を手にして紙を選ぶこともあるけど、「あの本の、あの紙の印象が良かったな」みたいに、記憶の中から呼び出すというか、そんな選び方をすることも多い。この見本帳も、そういう記憶のひとつになるといいなと思った。実用に徹した見本帳と、モノとして取っておきたいような、実例としての見本帳があるとして、両方のイイとこ取りしてつくろうとすると中途半端になるよね。新しい紙じゃないし実用の見本帳はすでにあるから、僕としては、全力で珠玉のようなものにしようと思ったんです。
- 工藤
- 捨てられないものをってことね。
- 服部
- そうそう。この仕事では中面のテキストがすごく重要だった。いい文章があって、それに絵を添えて、こういう紙で本に定着してるものにしたいなと思った。そこで文章を、詩人の蜂飼耳さんにお願いしました。書かれている内容は、3つの紙の名前をテーマにしたもの。デザインって総合的なものだと思うんだよね。紙や書体について詳しいとか、そんなこともあるけれど、もっと総合的なものを感じ取って、それを具体的に定着するっていう仕事だと思う。
- 工藤
- 服部は言葉に強いよね。ビジュアルと言葉の、総合的な世界っていうか。
- 服部
- まあ、いろんなやり方があったと思うんだけど。今回は、言葉をテーマにやってやろうって思ったんだよね。
- 工藤
- 紙見本として渡されるのではなく、違うものとして渡されるとイイね。紙の見本帳だから、単に紙の見本になるものをつくればいいとは限らない。そういう合理的なものもいいんだけど、ずっと手元に残しておいて、何度か見直したりして、時間をかけてイメージを受け取っていって、結果的に紙に落ちていくような。そういう伝わり方もいいと思う。
「なんでなかったんだろう」から生まれた紙。
- 工藤
- パッケージ用の紙って、強度や価格とかいろいろな制限があってあまり選べないんだよね。パッケージデザイナーからするとちょっとした憧れなんですよ、竹尾の紙は。だから風合いがある紙をつくりたくてね。パッケージに使える紙はツルッとした質感がほとんどだから。それと、例えばマーメイドであれば色の豊富さが特徴であるように、この紙では風合いにバリエーションを持たせたらどうだろうと考えた。ディープラフ、ミディアムラフ、ライトラフという3つの風合い。色はニュートラルな白のみ。それと僕がお願いしたのが価格をおさえること。どんなにいい紙でも高くて使われないと意味がないから……この紙、どうですか?
- 服部
- これは……売れそうだね。
- 工藤
- パッケージ用だけど、本とかに使ってもいいですよ(笑)
- 服部
- 印刷適性とかも、いろいろ試したんでしょう?
- 工藤
- 表面の仕上げは2種類ある。塗工したものと、非塗工のもの。非塗工のものに黒をのせると、染み込んでいるような深みのある黒になる。僕は染まっている紙に対して憧れがあってね。印刷されている色とは全然違うと思うし。だからこの紙では、印刷だけど染まっているような深みのある色が出るようにしたかった。
- 服部
- 何かベースにした紙はあるの?
- 工藤
- イメージしたものはあるよ。もともと紙のイメージって、ふわぁっと柔らかそうで、そんなに白くもなく、ちょっとザラついているようなものだったと思う。パッケージの紙でも、そんな紙の原風景みたいなものがつくれないかなあと。
- 服部
- 今までなかったんだ、って思うね。ベーシックをつくったという感じ。
- 工藤
- 仕事をはじめた頃は、何でこういう紙がないのかなあって思っていたんだけど、そのうちないってことに慣れちゃってたんだよね。名前も考えました。気包紙っていうんだけど……どうですか(笑)?
- 服部
- 気包紙か……なに? キホウシって。
- 工藤
- まず、この紙ってデリケートなことをやってるような気がしたんだよね、テクスチャーが 3つあるとか。その繊細さって日本的なことじゃないかなと。日本語の名前っていうのも、そこを意識してる。あと、パッケージ用の紙なので「包む」という意味を、それと何かをパッケージに詰めていくときの気持ちを「気」という言葉で表現しています。
- 服部
- 標準規格品って感じがしていいね。いかにもネーミングしましたって匂いがなくて。今まで青石が「なんでなかったんだろう」と思っていたようなベーシックな紙をつくれただけで素晴らしいから、それ以上につくる側の想いを入れなくても十分。僕はたいてい紙を選ぶ時、一番スタンダードなものがいいなあと思ってる。「私、紙です」みたいな紙。紙としての仕事以上をやっていると、「それは俺がやるから」って感じ。
- 工藤
- パッケージに雰囲気が出るかどうかって、紙にかかってるところもあると思うんだよね。大量生産品って、チープになってしまうものが多い。基礎としての材料が変われば、もっと質は上がると思う。受け取る側もそういうものが素敵だなと思う感性は持っている気がするんだよね。だからこの気包紙みたいな働きかけで、そんなふうに変わっていったらいいなあ。
紙なんて何でもいい、と言いたいけれど。
- 服部
- 青石と僕とでは、デザインと言ってもやってる領域が違ったりするじゃない。僕は逆に、安っぽさがカッコイイっていうこともあるんだよね。でも意外にそれが難しい。日本は印刷のレベルが高いから、良くなっちゃう。ピシッとしちゃう。もっとヘタッとならないもんかなあと。紙で悩むとしたら、そういうこともあるかなあ。
- 工藤
- ムラのある染み込み方をしてるとダメっていう価値観が、印刷や紙に関わる方々にはあると思う。ツルピカで、4色分解でビシッと仕上がることが絶対的な価値、みたいな。そういう価値観が積み重なって、無機質な商品が大量に生まれてるのかな。グラフィックデザイン以前の問題っていうか。
- 服部
- でも一方で、逆のつくり方もあるのかな。例えば北川一成さんの仕事を見てると、紙のテクスチャーとか、紙自体からインスピレーションを受けて発想してるのかなっていう仕事がある。僕はどうしても、紙を最後に決めてる。紙のイメージから仕事を始めることがあまりない。デザインが決まってから紙を選ぶ。もちろん、本当は紙のことも含めてデザインだけど。
- 工藤
- そういう話でいうと、今回こういう紙をつくったけど、僕は何も風合いがある、テクスチャーのある紙だけが好きってわけではないんだよね。スタンダードなものが必ずしも好きなわけでもない。それこそ銀紙のようなピカピカの紙だって化粧品とかで使ってるし。でも服部から見れば、僕ってこういうテクスチャーのある紙が好きっていうふうに思われたりするのかな。
- 服部
- 青石が、生理的にどんな紙が好きってのはわからないけど、三段階の風合いがあって、塗工と非塗工があって、システムとしてつくれば選択肢が充実する…っていうのを考えたりするのは好きそうだね。
- 工藤
- 今自分がやってる仕事って、土木的だと思うんだよね。最後は建物的なものを建てるんだけど、基礎工事的なものをやって、どうやったらここに上手く建物が建つか、みたいなことを考えてるところとか。
- 服部
- 青石は突き詰めるからかなあ、出来上がったものは全部、究極のところまでいってる感じがする。色とかも、中間色とかを使うイメージがない。赤だったら究極の赤。青だったら究極の青、みたいな。変な色同士を組み合わせてとかはあまりやらないよね。僕はそればっかりだけど。だから、青石がやった『ADC年鑑(2010年)』のケースは意外だった。なんであれ、紺なの(笑)?
- 工藤
- 鮮やかな青でやったら、今の色じゃないだろうって感じがしたんだよね。2010年はきれいなブルーじゃなく紺だと。今回この仕事をやってみて改めて思ったんだけど、極論を言えば、紙ってペラッと一枚あればいい。でも、微妙なところで差異をつけている。それは文化レベルとの関係があると思った。選択肢が多いというのは文化度の高さだと思う。マーメイドのように50年前のものもちゃんとあって、それをアップデートしたりしているし、気包紙が新しく生まれたりしている。
- 服部
- 僕の理想は、その極論に近いよ。入稿する時に「紙は何にしますか」って聞かれたら「え、紙?ああ、何でもいいから刷っておいて」と言って、刷られたのを見て「ああ、いいじゃん。紙なんて何でもいいんだよ」っていうのが一つの理想。極端な話のようだけど、細谷巖さんは結構それに近かった。「紙なんて、刷れてればいいから」みたいな。「俺のデザインは紙がどうこうってのじゃないから」って。もちろん、仕事によってだから、細谷さんだっていつもそうじゃないだろうけど、カッコイイなあって。割とそう見せたいっていうのはあるかも。で、そう見せたいがために、すごく女々しく見本帳を繰って「この紙だと選んでないように見えるかなあ」って(笑)。これが現実ですね。
工藤青石
デザイナー、クリエイティブディレクター
くどう・あおし。1964年東京生まれ。1988年東京藝術大学美術学部デザイン科卒。資生堂を経て、2005年平野敬子と共にコミュニケーションデザイン研究所/CDL設立。プロダクトデザインからトータルなブランドのディレクションまで複合的な領域で活動を行う。
服部一成
アートディレクター
はっとり・かずなり。1964年東京生まれ。1988年東京藝術大学美術学部デザイン科卒、ライトパブリシテイを経て、2001年よりフリーランス。おもな仕事に『キユーピーハーフ』の広告、雑誌『真夜中』のアートディレクション、『三菱一号館美術館』のロゴタイプ、『プチ・ロワイヤル仏和辞典』の装丁など。